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本; 吉本隆明+坂本龍一、「音楽機械論」 1986、ちくま学芸文庫

 本書は、坂本龍一が、当時1986年前に使っていたスタジオに、吉本隆明を招いて、対談する、という企画本。文庫版には付録がないが、吉本隆明が対談の中で作曲した、「ひとさし指のエチュード」という曲がある。単行本ではソノシートが付録されていた。今はwebで、Disco Mixを聴ける。イイ。 http://www.juzp.net/zQfAOsPngF1j9

 文中では、坂本龍一が吉本隆明に制作の方法論や制作に取り組むスタンスなどをレクチャーする方式でやりとりがされている。その中で同世代のつくる音楽のこと、音楽をつくるときに考えていること、音楽と社会の関係性など、きわめて多様なことが語られている。吉本隆明の感じたことをベースに坂本龍一が応えるかたちでインタビューされている。鋭い。音楽をベースに、「つくる」という制作の原点が、やりとりされている。音楽をつくるときに、制作者にどのような傾向があるか考え、どのように制作に活かすか。
 たとえば、坂本龍一の音楽の制作に関する自己認識として、下記の3点が上げられている。ばらばらだったがまとめて引用してみる。


【音楽的文法について】:
(中略)いろんな面があって、自分は昔から音楽の知識は持っているんだけども、つまり語彙はあるけども、文法的な欠損があるというか、自分でそういう感じがするんですね。(中略)音楽的に分裂症というか、瞬間瞬間のいろんな語彙とか色彩感とかは、自分でも持っていると思うのですけれども、それをうまく統辞法に則って、ということは、つまりだれでも歌えたり、だれもが、ある1つのメロディーだと認識できたりというような、それがある意味で大衆性だと思うんですけれども、そこにうまく乗っかれない。
【言葉について】:
(中略)僕にはよく言葉が聞こえてこないんです。ときどき、例えば花とか、泣いたとか、島とか、恋とか、それぐらいのところがフッと言語的に聞こえてくるだけで、あとは意味がよくわからないんです。
【抑制機構】:
僕のなかに、非常に自分でも嫌な禁欲的なところがあって、つまり、音楽というのは、すごく強制力があるんじゃないかというふうに、すごく感じちゃうんです。(中略)ある音楽を聴くと、みんなが元気になっちゃったり、変に悲しくなっちゃったりとか、かなり暴力的に、視覚以上に、視覚は見る側が拒否することができますけど、音というのはなかなか拒否出来ないということで、かなり強制力はあるんじゃないかということを常々思っているんです。あんまり素直に音楽してしまうと、なんか他人に迷惑かけるというか(笑)、人様に迷惑というか、つまり暑苦しいというか、それがわりと僕の場合、抑制機構になっています。


 とくに注目したのは、【音楽的文法について】だ。坂本龍一は、「統辞法に則って」、「大衆性」をもつような音楽をつくることに「うまく乗っかれない」、といっているが、演歌の作曲も手掛けている(前川清、「雪列車」 http://www.youtube.com/watch?v=cOXLmRRFqmg&feature=related)。
つまり、音楽的な「統辞法に則って」おこなう作曲にも挑戦し、評価を得ている。それに対し、吉本隆明は、下記のようにコメントしている。


(中略)「雪列車」みたいな次元の仕事を、わりに片手間という意味とか、気分を楽にしてという意味じゃなくてそうとう意識的にと言ったほうがいいんでしょうかね、やってくれるといいのになあという感じはあるんですね。それはエネルギーの問題であったり、感性の問題であったり、価値観の問題であったり、いろいろなことがあるでしょうけど、僕は、どうしてこういうことをもっとしないのかな、みたいな感じを持つんですね。

 坂本龍一は先に引用したような自己認識を持っているが、吉本隆明のコメントを受けて、下記のように応えている。
 
 「雪列車」みたいなものをつくったのは、そういう文法に則って正しく文章を書くみたいな、つまりそうしないと、人に伝えることにならないですよね。意味不明なことを言っている、単語単語が面白くても、いろんな語彙を持っていても、どんなにつなげていっても意味不明だというような、そっちに僕自身は近いような気がするんです。だから、そういう欠陥があると言うことを知っているから、歌をつくることで、そういう欠陥を修復しようというか、そういう意識はずいぶんあるんです。

 坂本龍一のもつこうした傾向を、私は欠陥とは思わないが、少なくともこうした認識を持った上で、自身のそうした傾向を逆手にとって表現の幅を拡げようとする試み、あるいは越境はすごいことだ。

 また、本書ではきわめて抽象度の高いやりとりがされているが、逆説的に、本書での吉本隆明と坂本龍一とのやりとりによって、自分の習慣や認識に裏付けを得られたように思う。たとえば、なぜ、歌謡曲よりインストロメンタルのほうが、「ながら」に向いているのか?といったような音楽の聴き方に関するものだ。クラフトワークに代表されるような音楽の表現について、坂本龍一は下記のように言っている。


(中略)クラフトワークが出てきたときに僕らがびっくりしたというのは、やはりある種の平板さに感動したんです。(中略)声だけじゃなくて、音のほうも、同じ音圧の同じような音色が、もうほとんど延々と繰り返されていますね。(中略)従来の音楽をつくり出す、そのもとにあると信じられていたエモーションというもの、全然設定しなくてやってるんだなということが想像できます。そのもとにある根源みたいなことを、想像しなくていい分だけ、ものすごく軽くて新鮮なわけです。彼らのその平板さの魅力というのは、シンセサイザーを全面的に使っていることと、やはり切り離せないですね。コンピューターなり機械は、あるひとつの音が出来たら、それを何回でも繰り返すということは、ものすごく簡単なことです。人間がやるとこれは、かえって難しいわけですね、均等に同じことを繰り返すというのは、人間には難しい、機械はたやすく出来る。だから人間では表せないその極端な平板さというものが、人間を束縛することによって、それは逆に心地よさに変わっていくような気がして、その傾向というのは、やはり全般的にあるような気がします。

 言葉のない音楽、抑揚のない音楽の心地よさを表現する言葉に、なぜ、これまで自分がこうした音楽に惹かれてきたのか、答えを見たように思った。また、下記のようにも言っている。

(中略)僕らからすると、とくにジョン・ケージですけども、彼が、雑音=ノイズを音楽の要素として取り込んだということは、革命的だったと思うんです。(中略)あるいはヒストリーとか、物語かもしれないけども、そういうものを持っているべきだというか、べきと思わなくても、無意識で自然に持っちゃうというそういうことを壊したということでもあると思うんです、ジョン・ケージは。(中略)音楽というのは始まりと終わりがあれば、真中があって、そこに何らかのストーリーが展開されちゃうんだけども、それをそうとう意識的に壊してしまった。それは思想的にどうこうということではなくて、やはり、ものすごく気持ち良かったわけです。それまでそういう音響のつながりを聞いたことがなかったでしょう。

 この2つの言い回しによって、なぜ、心地よく音楽を聴きながら、思い思いの思索や作業に没頭するにはこうした音楽が適しているのか、明確になった。詩のある、いわゆる歌謡曲では、聴く人を「言葉」によって、「物語」に引き込もうとする。音楽によってつけられた抑揚で、人を引き込む。ここで挙げているような音楽には、それがない。あくまで、抑揚のない「音」の連なりによって、「曲」ができる。思い思いに聴くことができるのだ。曲の始まりがどこで、終わりがどこ、といったようなことも、エンドレスにかければ問題にならない。長縄飛びのように、どのタイミングで入ってもイイし、どのタイミングで抜けてもイイ。思い思いに聴くことができるのだ。アーティストによっては、アルバム1枚がまるごとシームレスにつながっているケースもある。

 話は一転するが、下記は、坂本龍一の世界観を示す、代表的な言葉だと私は考えている。それは、「音楽」がなぜ世界共通で楽しまれるのか、そうしたグローバルな広がりを感じるのに、とても重要な考え方だと思う。本書を読んで、下記の言葉に出会えたのが最大の収穫だと感じている。世界は一つ。


 僕らが子供の頃に習ったり聞き覚えてきて、僕のルーツになった近代音楽というのを、もう一度柔軟にひも解いてやると、アジアまでまた戻されてしまうんじゃないか、僕らまでつながってくるんじゃないかという、大雑把なそういうイメージがあるんです。

 坂本龍一の表現や活動の幅はきわめて広い。しかし、本書でわかった。最初は狭かったのだ。学生時代に追求した現代的な音楽の課題への取り組み(音色の発見)から、「表現」へと舵を切り、自らの表現の傾向を正確に把握することで取り組む表現課題を設定し、表現の幅を拡げる。

 坂本龍一の「音楽制作」に触れることができた。インタビュアーが吉本隆明でなければ、これほど議論が深まらなかったのでは?との想いから、本書はきわめて貴重な、制作現場のドキュメンタリーにもなっていると思う。


↓単行本版のみに、ソノシート付き。

  

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仏像、恐竜、文房具。振り返れば多趣味。いや、趣味ではなく、真剣なのだ。それが問題。ジャンル問わず展覧会に興味あり。
一級建築士。工学修士。ユーザーの視点から建築・都市を考え企画するのがライフワークです。
https://twitter.com/wagyoo

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